はじめに
過去、5回に渡ってISO9001:2015への切り替えを主に実務の面からお話しをしてきました。主目的は、専門のマネジメントシステム専任部門や専任者を持たない中小規模の企業の皆さんに、半年程度で、ゆっくりと、確実に、2015版への移行を行っていただきたくことです。したがって、大手企業の管理責任者/事務局の皆様にはかなり「緩~い解説」となったかもしれませんが、読者対象の違いということで、ご容赦ください。
2015年の12月号からの連載開始ですから、ちょうど半年となります。連載第一回にご提案させていただいた下記、実行表に従っていくと、そろそろ移行計画が終了する頃となりますが、皆様の現在位置はどのあたりですか?
日程 | 実行内容 |
1ヶ月目 | 記録の見直し。不要記録の排除。記録の統合、改廃。 |
2ヶ月目 | 実務手順書の見直し。教育資料と実務手順書の区分け。 |
3ヶ月目 | 規定類の見直し。上位文書・下位文書の統合、改廃。 |
4ヶ月目 | 基本規定の見直し。平易な文書への改定。 |
5ヶ月目 | 最上位文書(場合によっては品質マニュアル)の見直し、改廃。 |
6ヶ月目 | 内部監査の実施。結果を踏まえてのマネジメントレビューの開催。 |
最終回では、順を追っておさらいをしていきながら、過去の掲載では伝えきれなかった部分の補足説明をしていきたいと思います。
記録の見直し
- 余分な記録は不要・・思い切って大胆に減らしてみませんか。
第1回の連載では、2015年版への移行ついでに、記録の見直しについてご提案しました。
1) 追加する記録はほとんど無い
2008年版で使用していた記録で、それ以外に追加するものはほとんど無いと考えています。その中で、記録を追加する可能性があるのが、「内外の課題及びリスクと機会」の抽出ですが、これも品質マニュアルや下位規定に内包してしまえば、特に記録として別管理の必要もないと考えます。(中小製造業事例 参照図1)要は中身が自社の課題を正しく捉えていればOKです。
さらに、現状の品質記録(品質記録一覧としてまとめていることが多いでしょう。)の中で、目的のはっきりしないもの⇒情報量の少ないもの は、どんどん削除しましょう。
100人以下の中小規模組織では、実務に関連し、なおかつ、お客様に早く良い品物を提供することを考えた場合、余分な記録を作成する余裕も必要も無いはずです。 その際に、記録の一つ一つに対し、下記の自問をお奨めしました。
- この記録の目的は何か?⇒何のための記録か?
- 製品・サービスの提供に影響を与えるか?⇒品質リスクを持つか?
- 他に影響はあるか?(顧客、安全、環境、情報リスク、法令など)
- この記録があることで、業務はやりやすくなるのか?効率化につながっているのか?
効果のなさそうな、とりあえず過去からの慣例で作っている記録は、やめてしまおう、という提案です。
2)管理する記録を削減して見る
記録の見直しをして、余分なものは無くして、そのうえで、情報量の少ない記録を取りまとめて表現できないか?中身の薄い記録は他の記録に内包できないか?を考えてみましょう。 キーワードは「一枚の記録にまとめられないか?」です。12月号参照
・提案のポイント・・・必要な記録は使い道が明確。
実務手順書の見直し
- 通称で云うところの、「三次文書」はどこまで詳しく書きますか?
第2回連載(1月号)では、現場で使われている文書類の整理と充実をご提案しました。 三次文書(運用管理手順)は、その性質により、
- ① 製品・サービスの提供に必要な、日常的に使われる手順書・・・8章運用管理に関わる文書
- ② ノウハウやコツを伝えるための教育・訓練のエキス・・・7.1.6(組織の知識)、7.2(力量)、7.4(コミュニケーション)などに関わる文書・・・必要な時に参照する手順書
の二つに分かれるでしょう。①の部分は、2008年版でも同様のことを行っていたはずなので、特に新しく追加する文書は無いと考えられます。②に判別されるものは、「教育訓練用の教科書」と言えるものですから、文書管理で最新版管理を行うものとはちょっと性質が違うかもしれませんね。思い切って②にあたるものは、「教育資料」としてひとまとめにし、最新版管理対象から外してみませんか? もちろん、新たに加える教育や、修正しなくてはいけない部分も出てくるでしょうが、「教育資料の更新」という扱い方はいかがでしょう。・・・参照図2
基幹文書の見直し
- 基幹文書は、誰でも解る、絵と図で表せませんか?
第3回連載(2月号)では、目で見て理解できる文書の作成を提案しました。 ISO9001:2015で文書化を求めているのは、
- 品質方針(文書化した情報として利用可能な状態にされ、維持される)
- 品質目標(組織は文書化した情報を維持しなければならない)
- 運用の計画及び管理(文書化した情報の明確化及び保管)
- プロセスの運用を支援するための文書化した情報を維持する。・・・これが一番大事と思えます。
しかしながら、組織として必要な文書に変化は無いと解釈しています。つまり、「不要な文書は、文書化しなくて良い!」要求と判断しています。 組織に文書化の裁量を任されているのであれば、当たり前と言えば当たり前ですね。 改訂版発行を機会と捉え、文書体系を見直しましょう。
品質マニュアルと基幹文書の融合・統合
- 品質マニュアルをどのように作成しますか?
第4回連載(3月号)では、2月号に引き続き、マニュアルや基幹文書の中身を分かり易い絵や図で表すことをご提案しています。 皆様に8章の各項番の要求するところを、プロセス図で表してお見せしています。 プロセス図で表していくと、
- ①業務全体を俯瞰図的にあらわすプロセス図 ・・・・参照図3
- ②業務のかたまりごとにプロセス図で表す ・・・・参照図4
二種類の表し方が必要であることが見えてきます。4.4.1項ではこれらのプロセスの順序や相互関係を明確にすることを求められていますから、各部門やプロセス毎で、自分達の業務におけるインプットとアウトプットを明確にし、リスクと機会に取り組むことになります。 どこまで詳細に表現するかの程度は各企業・組織で違うはずですが、2015改訂版の一番のポイントはここにあると考えています。
言い換えれば、品質マニュアルや基幹文書は、品質マネジメントシステムのプロセスを明確にするための解説としてあるのではないでしょうか。 2015改訂規格において、文書化要求が減少しているのであれば、品質マニュアルを作らなくても良い方法があるように思えます。・・・参照図5
*極論ですが、品質マニュアルは紙一枚だけで表現してしまうとか。。。 通常は、文書の中で最も基幹となるものは、「品質マニュアル」なのですが、下位に位置する文書の精度が 高ければ、品質マニュアルは「文書のありかを示す表紙のようなもの」でも問題ないかもしれません。イメージは参照図5です。もちろん極論は承知していますが、規格の要求事項が項番に沿って、そのまま書かれているような品質マニュアルをよく見かけるのですが、本当に自分たちのマニュアルとなっているのかな?そのようなマニュアルに意味があるのかな?という疑問からのことですので、こんなことを「妄想」してみました(笑)でも、検討の余地ありですよね。文書体系のイメージとしては参照図6の例Bのようになります。
内部監査のレベルアップ
- 内部監査員の育成は出来てますか?
第5回連載(四月号図3)では、内部監査に焦点を当て、内部監査の外部委託に言及いたしました。9001:2015のシステム構築が出来て、文書体系の作り直しが出来たとしても、誰がその適合性と完成度合いを判定するのでしょう? 内部監査員の育成は、かなり後手に回っているのが現状だと思われます。 内部監査に求めるレベルは組織によってかなりバラツキがあります。規格への適合が確認できれば「OK」と いう企業から、業務の有効性(仕事のやり方の効率改善)まで、細やかに確認する組織まで様々です。
2015年版の規格解説を受けただけで、すぐに質の高い内部監査が可能とは考えにくいです。 中小規模企業では、通常は年に1回程度の内部監査の実施頻度ではないでしょうか? その頻度では有効な内部監査員育成はなかなか難しいと考えます。数多くの内部監査経験が、有効な監査に結びつくことを踏まえ、「1~2年は外部委託もあり」と提案しています。
マネジメントレビューの有り方
- マネジメントレビューとは
第3回連載(二月号)では、マネジメントレビューのプロセスを図7で表しました。多くの組織では、「マネジメントレビューは年1回」というルールで運用しているかと思われます。しかし「経営者の見直し」という視点で見ると、経営会議や幹部会など、様々な場で経営者のアウトプットが出されているはずです。
経営者から出される、品質マネジメントシステムや、品質目標に関連するアウトプットは全てレビュー結果としてとらえれば、取り纏めの記録は年1回かもしれませんが、レビューは数多く実施されていますね。それを図に表してみました。本来の「経営者による見直し」と考えてみてください。・・・参照図7
9001:2015移行の結論として
1.規格の狙いに変化は無い。
規格書序文を見てみれば、下記の目的が示されています。分かり易い言葉でまとめれば1~4となります。
- 顧客要求事項及び適用される法令や規制を満たした製品・サービスを提供し続ける。
- 顧客満足の向上。
- 組織の状況及び目標に関連したリスク及び機会に取り組む。
- 品質マネジメントシステムの要求事項に適合していることを実証できる。
これは、ごく当たり前のことですし、これまでも企業が普通に狙い、実行していることと言えます。 そして、「PDCAサイクル及びリスクに基づく考え方を組み込んだプロセスアプローチを」を重要視していますが、ISO9001:2008でも同様のことが示されていました。 「きちんと業務を進めている企業に規格を参照してみると、要求事項は既に内包されている」のですね。
2.他の規格(システム)との統合が進めやすい。
いくつかのマネジメントシステム規格の整合性を考えて、上位構造(High Level Structure)として付属書SLがあります。規格の目的の一つに経営マネジメントとの融合、他システムとの統合の容易さにあるのであれば、この改訂版移行は、統合マネジメントシステムへの移行に役立てなくては、もったいないと思います。 品質や環境、労働安全衛生、情報リスクなどのマネジメントシステムを複数保持している組織は、この改訂を機会に、統合システムに移行してみませんか?
3.経営マネジメントとの融合が目指すもの
PDCAサイクルやリスクに基づく考え方がISO9001:2015に表されており、付属書SLの存在を併せて考えると、ISO22301(社会セキュリティ 事業継続マネジメントシステム)との融合・統合も可能でしょう。ISO22301は事業継続を計画しマネジメントする規格ですので、品質、環境、労働安全などのリスクがインパクト・インシデントに発展した際の対応を、あらかじめ決めておく必要があります。既に統合マネジメントシステムの要素が内包されていますので、親和性が非常に高いと考えています。 BCM・BCMS策定を計画している企業様には、是非、視野に入れていただきたいと思います。
1~3を踏まえて
2015年改訂版への移行は、2008年版をしっかり構築して運用していた組織には、それほど大変なものではないと結論付けられます。必要以上に難しく考えることは無いでしょう。中小規模企業でも、2008年版をうまく運用してきた企業様にとっては、現在行っている業務のやり方を、プロセスにうまく表すことが出来れば、業務の見直しにもうまく役立てることが出来ると思います。さらに他のシステムの「良いとこ取り」が出来れば、使いやすい規格になるのではないかと考えます。
謝辞
半年間にわたり、最後までお付き合いいただきまして、真にありがとうございます。思えば、2014年にDIS(国際規格ドラフト版)が示された頃は、「規格が大改訂になる!」と、大きな反響がありました。しかしながら、2015年のFDIS(最終ドラフト版)や、9月15日の新規格発行の頃には、多くの企業様で、「それほど大した変更ではないのではないか?」と感じられた方々が、沢山いらっしゃったように感じます。(大部分は大手における専任の管理責任者/事務局の皆様だと思われますが。)
とはいえ、専任者を置けない大部分の中小規模企業の皆様は、今現在でも、まだまだ改訂版の正体が見えない状況かと思われます。アイソス編集局の要望もあり、今回の連載では、規格の解説ではなく、かなり具体的な事例(規定や帳票の実例)を並べてみました。何らかの形で、皆様の御役に立つことが出来たとすれば幸甚です。
半年間の連載を通して皆様に、伝えたかったことは「2015年改訂なんて怖くない!」です。中小規模企業の皆様、気楽に考えましょう。これにて、筆を置きたいと思います。 皆様、ありがとうございました。