前回は、実際の監査で使われる「監査チェックリストの変化」、監査の実行に伴う「情報の収集と検証方法」および「監査の所見の書き方」について述べてきました。組織のマネジメントシステムが進化・深化していくと、以下のような形に変化していきます。
- チェックリストは少しずつシンプルなものになり、監査員のメモ記入帳となる。
- 情報の収集はPDCAと4Mの観点で行なわれ、プロセスのつながりを確認する。
- システム監査とパフォーマンス監査の両面から行なわれる。
- 不適合よりも改善の機会を与える場ととらえ、コミュニケーションを重要視。
などです。4つの期で現れる特徴と情報収集・検証方法の変化は、下図を参照してください。あなたの組織は、進化・深化の兆候が見られますか?
時期 | 時期内容 | 特長 | 監査の実行方法 | 情報収集と検証方法 |
---|---|---|---|---|
導入期 | 規格適合確認監査 | 規格の表面上の理解 形式的監査 |
第三者監査のミニチュア版 場合によりコンサルタントに依頼 |
客観的証拠の収集 ・面談 ・活動の観察 ・文書の調査 |
定着期 | 自社システムとの適合確認監査 | 慣れによる馴れ合い、マンネリの発生の可能性 | 相互内部監査 | 4Mの変化点の情報収集 PDCAに沿った情報収集 |
成長期 | パフォーマンス重視の有効性監査 | 他部門のベンチマークツール セルフチェック |
内部コミュニケーションツール 監査側、被監査側相互の強みの共有化 |
業務プロセスの繋がりの検証 業務パフォーマンスの検証 |
発展期 | 複合監査/統合監査 | 統合・複合化に伴う業務監査化 経営者の情報収集ツール |
サプライチェーンの上流へさかのぼる監査の導入 | タートルモデルに影響を与える要素の検証 コアプロセスの検証 システム独自部分の検証 |
監査指摘項目への対応
監査が終了し、報告書が提出され監査責任者の承認が得られると、被監査側の職場に内部監査報告書が配布されてきます。内部監査報告書は実施日、時間、実施者、被監査者、実施場所などの背景情報のあとに、監査結果が記入されることが多いでしょう。監査結果は、
- 全体所見 ・・・職場全体のレベルや監査員の考察など
- 不適合項目 ・・・重、軽、微などのレベル分けと内容
- 改善の機会 ・・・不適合ではないが、放置すると問題となる可能性があるもの
- 特記事項 ・・・有益な活動で、他職場にも展開することが好ましいもの
というような表現が、一般的だと思います。上記の中で具体的な対応が求められるのは2であり、期限を定めた是正処置対策依頼が出されます。3.の「改善の機会」は第3者監査では是正処置を求められていませんが、内部監査では是正対象にしている組織と予防処置対象としている組織が混在しています。
3.の「改善の機会(観察事項)」は第3者監査では是正処置を求められていませんが、内部監査では是正対象にしている組織と予防処置対象としている組織が混在しています。これは組織毎のスタンスの違いだけで、どちらも正しいと考えられます。内部監査における是正処置・予防処置の流れは、図-2を参照してください。実施した活動のレビューを行い、関連文書のレビューまで行うと処置は完結です。
なぜ同じ指摘が何回も出るのでしょう?⇒修正への留まり
ISO9000では是正処置は、「検出された不適合又はその他の検出された望ましくない状況の原因を除去するための処置」と定義されています。そして、ISO9001では「組織は再発防止のため、不適合の原因を除去する処置をとること」を求めています。QMSに限らず、EMSもISMSもその他の全てのマネジメントシステム共通した定義と要求です。
ここで注意をしたいのは、“修正は不具合な現象を取り除くことであり、原因を除去しているわけではない”ということです。導入期・定着期には多くの組織で、是正処置まで至らず修正のみで終わっているケースが見られます。不適合の指摘を受けた被監査側は、定められた期間内に原因を調査し、改善策を考え、是正処理を行ないますが、導入期・定着期の組織では、「毎年、同じ指摘がされている」「複数の職場で同じ指摘がされている」項目が多く見られます。これには二つの大きな原因が考えられます。
- 是正処置が修正でストップしている
- 「ISOのための仕事」の存在がある
貴方の職場には、そんな事例はありませんか?
修正でストップ
導入期・定着期には多くの組織で、是正処置まで至らずに修正のみで終わっているケースが見られます。
“修正は不具合な現象を取り除くことであり、原因を除去しているわけではない”のですが、そこまで監査側・被監査側ともに理解が進んでいないということです。とりあえずの緊急処置、緩和処置、流出防止処置が行われた状態で止まってしまうので、また再発するのです。このケースは後述の【原因追及の罠】のところで詳しく述べます。
ISOのための仕事
同じ指摘が何度も出る原因の二つ目は、ISOのための仕事の存在です。あなたの職場には下記のような事例はありませんか?
現場
- 手順書の変更点が改定されておらず、実際の作業状況と違う。
- 実際の作業手順は、やり易く正確であるが、個人ノウハウであり、手順書には反映されていない。
- ポカミス的な慢性不良が出続けている。
- 現場チェックシートの未記入、承認欄の捺印・サイン・記述漏れ。その他
- 教育訓練計画に入っていない現場教育がある。
- 3年以上改定されていない作業指図書がある。
スタッフ部門
- 前年度と同じ目的・目標の設定でありながら未達成。
- 書類・チェックシート類・帳票類の捺印・サイン・記述漏れ。
- 教育訓練計画の未実施、教育記録の抜け。その他
- 3年以上改定されていない、規定・手順書がある。
- 顧客とのやり取りの記録はない。
設計・開発部門
- 設計変更連絡書で発行されない設計変更がある。
- 臨時の設計変更は口頭で行われている。
- 本来の設計・開発目標とは関係の薄い目標の設定。(主にEMS)
- 定められた設計手順と一致しない実際の設計手順(主にQMS)
などがあげられます。これらには二つの共通点があります。
- 文書の新旧管理の抜け、記録管理の漏れ。
- 実態と手順のずれ。
もし、この二つができていないのに本業に差支えが無い状態だったとしたら、「実務とISOの決め事の不一致」といえます。言葉を変えれば「ISOのためだけの仕事」が存在するということでしょう。実際には、多少の差支えがあるはずですが、職場の意識の中に「ISOよりも本業の仕事のほうが大事」「忙しいからISOはやっている暇がない」という本音(逃げ?)が見え隠れしている状態では、少々の不具合はしょうがないという雰囲気になります。あなたの職場ではこんな発言をしている人はいませんか?
市場クレームや工程不良では上手く是正処置を実行していても、マネジメントシステムの監査不適合では修正に留まっているという組織もあります。早く本業と仕組みを一致させた軽いシステムにする必要があります。
なぜ是正処置が機能しないのか?
導入期・定着期には、是正処置がうまくいかず、再発が繰り返されることが多いですが、大部分は被監査側の問題と思われています。しかし、本当にそうでしょうか?この時期には監査側にも問題があることが多いのです。
監査側の問題
1. 事象がわかりやすく書けていない⇒読み手が理解できない
- 事象がわかりやすく書けていない⇒読み手が理解できない
- 何が悪いのか解らない。4M、5W1H、PDCAのどこに問題があったのか?
- 何に対して悪いのか。手順か?ルールか?
- どのようにすればよいのか?どのようにさせたいのか?
- 現場、現実、現象(三現)を表現できていない
- 現場に立ち会わず、現実を見ず、現象(不適合状態)だけを記入していないか?
事象がわかり易く書けていないと、是正処置が中途半端になります。
前項の何度も指摘される項目のひとつである「文書の新旧管理の抜け、記録管理の漏れ」から、“手順書の変更点が改定されておらず、実際の作業状況と違う”という事例を考えてみましょう。是正処置として下記のような回答が予想されますが、疑問点が残ります。
- 「手順書を変更しました」⇒ 手直しだけでOKなのか?
- 「承認されていない作業方法をやめました」⇒ どっちの方法が正解なの?
- 「変更点を教育しました」⇒ 教育訓練だけで防止できるの?
- 「作業変更がある場合は責任者が必ず承認をします」⇒ なぜ責任者は知らなかったの?
記述が「現象」だけを記入し、日常的に行っている何に対して不適合であるかが不明確だと、修正だけを行い是正処置まで至らない可能性が高くなります。
2. 相手の業務内容が理解できるが故の安易な同意をしている
監査側と被監査側が日常業務でも関わりが強い場合、業務の大変さが共有できるために安易な同意をしてしまう場合があります。
「それは無理だよね。」・・・経営者やお客さんにとっては迷惑な話です。
3. 共同で問題を解決する姿勢の欠如
上記の安易な同意とは逆に、その部門の問題だからと割り切ってしまう姿勢です。「責任と権限の隙間」から問題点がこぼれていきます。
被監査側の問題
1. 是正の担当者が指摘内容を正確に把握していない
監査側の問題1.の裏返しです。指摘事項の内容不足(4M、5W1H、PDCA、三現)を不足と感じていない場合です。
2. 原因の追究の甘さ⇒真因に行き着いていない
具合が発生した現象を原因と勘違いしたり、見せかけの原因を真因と思い込んでいたり、変化点を把握していない場合です。
3. 対策の遅れ⇒実行可能であるが実施されない⇒ ISOに対するアレルギー
「ISOのための仕事」の意識があると、「先送り」が発生し、再発します。
本当の是正処置とは ⇒ 罠にはまらない
是正処置が機能しない一番の問題は、原因が適切に追究されておらず、真因までたどり着いていないためです。原因追求で陥りやすい「罠」にはまった状態です。
原因追求の罠
不適合が発生した状況(現象)を原因と勘違いしている
出てきた状況の説明を行い、その状況(現象)を改善するための処置を行うことに注力している状態で、大部分が「再流出防止対策」になっています。
見せかけの原因を真因と勘違いしている
原因を、人の問題や作業方法の問題に帰結させており、「仕組みの問題」にまでたどり着いていません。
過去との違いに気がついていない
変化点を正確に捉えておらず、4Mや5W1Hの変化が与える影響から原因を特定していません。
なぜ、なぜ、なぜの自問自答を繰り返していくことによって真因にたどり着くと、改善策は自然に「業務プロセスの改善」に結びついていきます。
水面を下げる
適切な是正処置が図られ、顕在化した問題点(指摘事項)が改善されていくと、是正処置のPDCAが有効に回り始めます。監査側はよりレベルの高い指摘を行うようになり、新たに現れた不適合事項は、より高いレベルの是正処置が図られていきます。成長期の組織がこの状態にあります。ここまで来ると、業務改善と一体になった内部監査が行われており、良好なコミュニケーションが、監査側・被監査側の壁を越えた改善活動に結びついていきます。とられた是正処置が、影響の大きさに見合った対応がとられていることは言うまでもありません。
予防処置
「組織は起こりうる不適合の原因を除去するための処置(予防処置)を決定する」ことが規格で定められています。マネジメントシステムが既に成長期・発展期を迎えている組織では、内部監査時に不適合が発生する可能性は少なくなります。そこで、予防処置の芽を見つけることが内部監査の大きな目的となります。複合・統合システムまで進んでいる頃なので、内部監査も複合・統合監査となっており、監査員の力量が問われる時期です。
水面下にあるものをすくい上げる
改善の機会(観察事項)
コミュニケーションとしての監査が定着しているので、業務がより良くなるための提案という形で監査チームから「改善の機会(観察事項)」が出されます。顕在化していない問題の改善の先取りですから、正に本業との一致といえます。
不適合の是正処置の水平展開
顕在化した不適合に対し適切な是正処置がとられると、類似性のある他部署に同様の問題があるかを調査し、問題が見つかればその部署に見合った是正処置がとられます。このような水平展開を「予防処置とは言えない」と判断する方もいらっしゃるようですが、私は有効な是正処置を未然防止として適用するので、立派な予防処置と考えています。
内部監査での指摘項目分析
一定期間(一年単位が多い)行われた内部監査の指摘事項を、類似指摘の有無、法令にかかわる指摘の有無、4M・5W1Hの共通性などの観点で傾向分析すると、その組織の強み、弱みが洗い出されてきます。ここで次年度の「監査チェックリストの改善」を行います。当然、組織の弱みチェックを監査の主体に据えるわけですが、これは変形の予防処置(または予防処置準備)と言えます。
マネジメントレビューでのアウトプット
マネジメントレビューのインプットとして組織全体の監査報告書、不具合傾向、考察その他が経営者に報告されます。この時に出される内部監査に関する指示項目(アウトプット)は、予防処置に繋がる内容が含まれているケースがあります。経営者は組織全体の継続的発展の観点から、内部監査を自身の代理として監査責任者へ依頼します。したがって指示内容には「改善の機会」に繋がるものが多いのです。
まとめ
今回は「なぜ是正処置が機能しないのか?」という項目で、【監査側の問題】を詳しく取り上げました。内部監査員の技量が未熟だと、指摘項目が正しい是正処置に結びつかず、結果として無駄な時間を費やすことになります。マネジメントシステムは、システムの進化・深化も大事ですが、内部監査力の向上も大切であり、車の両輪といえます。次号からは「力量のある内部監査員の育成」について述べます。